日の記 7
7
登校中.今日も気がつくといつもと同じ電車に乗っていた.
電車に乗っている間,私は音楽を聴くことができなかった.
これはイヤホンを付けてケータイから音楽を再生してもそれが耳に入ってこない,という意味だ.
次の駅のアナウンスが,ドアの開閉の音が,他人のする呼吸の音が,私の耳には先に届いてしまって,聴いている音楽に集中できないのだ.
これは別に電車に乗っているときに限った話ではなく,外出しているときはどこでもそうだった.
だから私は音楽というものをあまり出先で聞くことがなかった.
ようやく大学前の駅について,ホームを出るとこの日も太陽がよく照っていて眩かった.
風の音が耳に届く.
風は見えないし,匂いもないし,自ら音を出したりすることはない.
木々を揺らしたり,土の匂いを運んだり,戸の隙間に吹き込んだりして,ようやくその存在が確認できる.
「君,風が好きなの?」と魔女が聞く.
「どうだろう,特段好きというわけではないよ」と私は答えた.
昨日魔女とした会話も,一昨日した会話も,もうあまり覚えていなかったがたまにふとした時に,それらの一部を思い出すことがあった.
今日この光景は,この十字路での信号待ちは昨日のそれとどこが違うのか分からない.
きっと今日もまた,同じ一日が始まったのだ.
けれど,今日も今日とて桜が満開でそれだけでもきっと楽しいという感情が少しは芽生えるのかなと期待している自分もいた.
「聖書を読んだことはありますか?」と声をかけられたので.
「実は少し読んだことがあります」と答えた.
なぜだか少し心が痛かった気がした.
老人を置いて大学へと足を進める.
今日も彼女はいるだろうか.
「いろいろね,君から教えてもらいたいの」と以前魔女は言った.
今でもその意図は分からないけれど.
いつかは分かると期待して歩くことにした.
桜の並木が今日も綺麗だった.
遠目に彼女の姿を確認して,今日は何を話そうかなと,考えていた.