日の記 8
8
暗い箱の中に僕らは座っていた.天井が低くて椅子は目には見えないが,座ることによってその存在を認識している.
おそらく夢を見ていたのだと思う.
私は中学生くらいの頃の背丈で,彼女はいつもどおりの姿だった.
魔女の髪がいつもより短い気がした.
唐突に自分の髪型が気になったが,それを確認する手立てはなかった.
自分の人生はあまりに退屈だった.
友人が多い方ではなかったし,中高の部活動は文化部でほとんど活動に参加したことはなかったし.やることと言えば本当に勉強くらいしかなかった.
読書が好きで,好きな作家も多かった.
けれど自分の趣味が他人と被ることは少なかったし,ようやく見つけたと思った同じ趣味を持つ人は私よりも知識が少なくて何を話してもつまらなかった.
むしろストレスだった.
大学生になったら何か変わるかもしれない.
と期待していた自分がいたことを思い出しては嗚咽を漏らしていた.
楽しい人生を歩みたい?
そうかもしれない.
けれど自分は楽しい人生を歩むことなんて許されていない人種のようにも感じられる.そもそも漠然とした人生の楽しみというものについて考えたこともあるが,およそ自分には無意味なもののように感じられた.
自分はこのままでいたい.このままがいい.
そう思う一方で違う自分になりたいとも思う矛盾.
私が友人をあまり作らないのは単純に他人という存在がストレスだからだ.
一人はいい.一人が好きだ.一人でいることが好きだ.
自分の家で一人でいるときが一番ストレスがない.
それが「楽しい」という感情と必ずしもイコールではないけれど負の感情が一番少ない瞬間だった.
似た理由で私は睡眠が好きだった.
毎晩目が覚めないことを祈って眠るのに,そのたんびに目を覚ましてしまう.
なぜなのだろうか?
睡眠というシステムは誰がどのようにして作り上げて,人間に,生命に実装したのだろうか.人間という生き物は訳が分からなかった.
私は特に中学生の頃,こんなことばかり考えていた.
「今はもう同じことを思うことはないの?」と魔女は問う.
私は,考えたくなかった.
せっかく忘れられそうだった自分の,自分が嫌いな部分を久しぶりに思い起こしてしまったのはなぜだろう.
「毎日,」と,言葉に詰まりながら,私は嘘をつく.
「毎日毎日,同じことばかり考えているよ」
声に出した瞬間,それは嘘ではなくなってしまうかもしれない.
自分は自分が嫌いで,嫌なところを忘れてのうのうと生きようとしていること自体,気持ちが悪い.
「つらいわね」と魔女は言った.
けれど,私はそんな言葉も耳には届かない.
暗い箱の中に二人は座ってた.
目が覚めぬようにという願いはこの日も叶わなかった.
時計を確認した.
四月の十七日
天気が良かった.
久しぶりにとても嫌な夢を見た.
けれど,別にそれを誰に話すこともないだろう.
今日あたり桜は満開なのではなかろうか.否,桜が満開であったことは一週間ほど前に確認していたことを思い出す.
ぼさぼさの頭に手をやってぼーっとしていた.
朝はかなり弱かった.
今日は学校に行かなくてもいいか,
なんて言いながら私は今日も朝の身支度を始めた.