日の記 6
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今日はいつものベンチには魔女はいなかった.
そういう日もあるか,と思って私はそのまま講義室へと向かった.
私は今日もまた,つまらない講義を受けなければならないらしい.そこには何の理由もなければ意味も見いだせない.謎の義務感だけによって私は講義を受けるのだ.
矛盾しているかもしれない.
私は心のどこかで自分は勉強が好きだと思い込んでいる.
けれど同じくらいの絶対値で冷めた熱量が勉強をしたくないと言っている.
きっと,本当は自分でも分かっているのだ.
私はそんなことよりも自分をもっと興奮させるような出来事にこの身をうずめたいのだと.しかし,どこにそんなものが転がっていようか.人生は大半がつまらない.
金髪の男とすれ違う.
もしかしたら茶髪というのかもしれない.この大学ではそもそも髪を染めているような人間は少ない.
何を基準に少ないと言っているのか,自分でも分からない.
けれど,彼は例えばどのような高校生活を送ってきたのだろう.大学生になったから,彼は髪を染めたのだろうか?
人が身なりを気にする理由,服とか,髪とか,それってなんだろう.
私には少し不思議だった.
今日も講義室の前で人があふれ出るのを待つ.
壁にもたれてケータイを確認した.授業はもうそろそろ終わる頃だった.
ちょっと早めに着いたつもりだったが,昨日と同じ時間だった.
せっかく腕時計を付けているのだから,腕時計で時間を確認する癖を付けねばなと思った.
ちらほら講義室を出ていく人を見るのも,扉が決壊するのも,毎日の「つまらない」「変わらない」の一つだった.
「でもどうして,それでも昨日と同じ講義を受けようとするの?」
と魔女の声がした.
魔女の声がした気がした.
私は慌てて周囲を確認したが,彼女はどこにもいなかった.
幻聴とか,いよいよ私の頭もおかしくなってきたかもしれない.
これまで魔女とはたくさんの会話をした.
否,したと思い込んでいるだけかもしれない.
満開の桜の木の下に座っている彼女の姿を簡単に脳裏に思い浮かべることができた.
しけった講義室の窓際,ここから桜の木は見えない.
私は春が好きだった.
季節というものが好きだった.
「どうして?」
「なんでかな,きっと時間の移ろいでいくのを感じられるのが好きなんだ」
「時間の移ろい.春夏秋冬」
「春夏秋冬」と私は彼女のオウム返しをする.
「この日本という国には四季というものがはっきりあって,そんな国に生まれてきたことだけは良かったと思っているよ」
と,そんな会話をいつだかにしたことがあった気がする.
時間がながれて
日が沈んで
星が周って
季節が変わって
晴れたかと思うとまた曇って,雨が降って
いつかはやんで
そして,今日の講義も終わるのだ.
皆が一斉に席を立って次の講義へと向かう.
私は今日はちょっと,
次の講義はさぼってみようと思って講義室を出た.
階段を下りて,建物を出て,あのベンチの前を通って
そこに誰も居ないことを確認して,
そして私は家へと向かった.