日の記 4
4
「あ,」
それは言った.
そうか,昨日も会ったんだ.
しかし
「今日は制服着てる」
あなた今日は制服を着ていますね,ということを伝えたかったのだが言葉にした途端それは高い剛性を持った塊みたいな違和感となった.
「大丈夫,あなたの言いたいことは伝わっているわ」
なんとなく僕らはおはようと言い合った.
というかどこから見ても中学生だった.
こんな少女がベンチにぽつんと座っていたら,この大学の野郎どもはジロジロ見るもんじゃないのかと思ったのだが,昨日と同じで誰も魔女の方に目もくれない.
これも魔法なのか...
と考えて,それは違ったなと思い返した.
「いろいろね,君から教えてもらいたいの」
「どうしてかな,魔女は何でもわかるんじゃなかったっけ」
「知っているっていうのとは違うの,知らないことはそもそも理解すらないわ」
私から,何かを教えられるだろうか?
魔女の目的は何なのだろうか,と考えると少し怖いような気もした.
「怖い?」
ああ,とても怖い.
それは未知の存在と対峙した時の本能だろう.
「まさか獲って殺したりはしないわ」魔女は笑う.
その笑みさえももしかしたら怖いのかもしれない.
私は自分という人間が分からなかった.
どれが本当なのだろうか.
この恐怖は,本当に自分の感情なのだろうか.それすら分からない.
けれど,
「大丈夫,いろいろお話しましょう」と魔女は言う.
不思議だった.
その一言が,恐怖を少し和らげた気がしたのだ.
聞きたいことは山ほどあって疑問はそれよりももっとあるはずなのに.どうしてそのことを私は思い出さずにこうして心を落ち着けているのだろう.
「いろいろね,君から教えてもらいたいの」
魔女は繰り返す.
魔女が何か悪だくみをしていたのだとしてもそんなこと知る由もない.私はまるで誰かにそうしろと指示されたかのように魔女と言葉を交わす.
風が吹いて桜の花びらが舞う.
昨日も同じ風景を見た気がした.否,見たのだろう.人間の記憶というものはいい加減で昨日のことですら正確に思い出すことは難しい.
私は魔女に何が教えられるだろうかと一生懸命考えた.
けれど私という人間の中身は恐ろしいほど空っぽだ.
ふとそんなことに思い当たる.そしてそのことについて深く考え始めてしまいそうになるその前に.
「でも,そろそろ授業みたいね?行かなくて大丈夫かしら?」と魔女は言う.
私は腕時計を確認してそろそろ授業に向かった方がいいという現実を理解する.
「そうだね,じゃあ私はそろそろ授業に行くよ」
そっけなく,またねやさようならも無しに私は本館へと歩き出す.魔女の表情を確認したかったがなんとなく振り向いてはいけない気がした.否,振り向いてもそこにはもう魔女は居ないような気がしたのだ.