日の記 3
3
朝を告げるアラームを頑張って腕を伸ばして止める.
午前八時零零分。
一限には間に合わないが二限に登校するには充分の時間だ.私は今日の日付を確かめる.けれどカレンダーはそれを教えてはくれない.
朝食は毎朝納豆ご飯だった.
好きだからそうしているのであって,飽きるだのなんだのという感想を持ったことは無い.かといってこれが無いと生きていけないかと聞かれればそうでもない.なんなら朝食は食べなくても生きていけるだろう.
不思議だ.生きていくうえで必要不可欠でもないものを毎日毎日誰かにそう言いつけられたかのように無感情に胃へと押し流す.いったい私は誰に指示されているのだろう.
朝の行動はほぼルーティン化されている.こうしたルーティンにはきっと疑問を抱かないようなシステムが組まれているのだろう.今日も普段通りの身支度を済ませて何の疑念もなく大学へと向かう.
いや,それはきっと嘘だ.
どうして私は大学へと向かわなくてはいけないのだろう.
そのことに関してはきっと疑念だらけだ.自分自身になんとかその疑念を思い出させないようなシステムだけは少々脆かった.
大学自体が嫌いなわけではない.
学ぶことが嫌いなわけではない.
私はいったい何が嫌いなのだろう.
強いて言えば登校は嫌いかもしれない.大学までは小一時間ほどで着くが,その登校時間はどちらかというと苦痛だ.
一瞬で学校までワープできたらいいのに.と考えて何かを思い出す.
ワープ
眠りが浅かったからそういう夢を見ていたのだ,と言われればそうだと信じてしまいそうだが,あれは実際にあった出来事だと寝ぼけた頭ながら考えていた.
桜の木の下に現れたそれが言い放ったその言葉.風が吹いて木々が音を立てても決して聞こえなくなったりはしない,それはしたたかではっきりとした声だった.
その声が脳裏に反響する.
時間操作と空間操作
彼女の声が何のノイズもなく再生される.
私はその少女を前にして硬直した.
「じゃあ瞬間移動して見せてくれれば君を魔女だと信じられるわけだ」
「そんな,簡単に言わないでよ」
魔女は肩をすくめた.
「わかった」じゃあこうだ.
「できるかどうかだけ教えてほしい」
本当は瞬間移動も時間操作も見てみたかったが,果たしてそれは人間にとって観測可能なのかという疑問を抱いた.
魔女は優しい顔になって「ありがとう」と一言だけ言った.
今日もまた,同じ一日を繰り返す.
家を出て、駅まで歩いて,
電車に乗って,体を潰し,
最寄り駅まで何か考え事をするでもなく,
ただただ,少しでも早く目的地に着くことを祈り続ける.
駅を出て信号待ちをしていると,今日もまた宗教の勧誘に声をかけられる.
聖書を勧めることは認められていて,名も知らぬ怪しげな宗教の勧誘は弾圧される,その違いは何だろうか.私はそのルールを知らない.
四月十七日,今日もまだ桜が満開だ.
二限登校というのも,もしかしたらそんなに悪いものではないのかもしれないな,と思ってみた.
本当の自分の感情か,なんてわかりもしなかったが,とりあえずそう思ってみた.
そういうことを私はよくする.
本当の自分の感情って,何だろう?
そんなことは誰にも分からない.だから私はこうして無理やりにでも感想や何かしらの感情を持ってみようかな,という思考をして,それをなんとなく本物の自分の感情っぽく納得するのだ.
本能以外からくる感情なんて,どれも作り物の,他人のコピーでしかない.誰かがそう思ったから自分もそう思ってみる.誰かがいいねって言ったから自分もそれをいいねって思ってみる.
そんな情動がとんでもなくくだらない.私はキャンパス内のウッドデッキを,下を向きながらなんとなく歩いて,そうして講義室のある建物,本館へとそのまま足を進める.
と,何かと目が合った.